53 views

いつかオーストラリアに行ってみたい

オーストラリア

漠然とそんな思いを抱えながら過ごしていた。それは小学生の頃からの思いだった。

小さい頃から本が好きだったわたしは、よく本を買ってもらっていた。

中でも、特に海外体験の特集ページが好きだった。オーストラリアの自然が載っているページ、

そこには折り目がつくほど何度も何度も繰り返し読んでいたのである。

年齢が一桁の頃から憧れを寄せていたオーストラリア。

いつしかその気持ちはどこかに仕舞われて、頭の中は次第に部活や生徒会、

友だちとのおしゃべりなど(あれ、勉強は・・・?)を占める割合が多くなっていった。

そうして、その気持ちは、どこかへ仕舞われたまま社会人になった。

「オーストラリアが大好き」

オーストラリア カンガルー

社会人となり、学生時代と比べて一番変わったこと。

それは自分で稼いだお金を自分の好きなように使えるということである。

”やりたいことは全部やりたい主義。”

行きたいところに行く、観たいものを観る、それが当たり前にできるシングル社会人バンザイ!!

初めて一人暮らしをする時に、買った自分専用のパソコンで、よく検索していたワードがある。

”「オーストラリア 景色」”

いつの間にか、隠れていた気持ちが、顔を出していたのである。

グレートバリアリーフの綺麗すぎる青い海と白い砂、そしてカラフルなお魚さんたち。

つぶらな瞳のコアラ。

ラピュタに出てきそうな、大きなイチジクの木。

魔女の宅急便を思わせる、フリンダースストリート駅。

オペラハウスとハーバーブリッジの曲線の美しさ。

そして気さくでおおらかそうな人々の表情。

その全てがわたしを魅了した。

パソコンを開けば、何時間でもその写真を眺めていられたし、色んな人のオーストラリアのお話を読んだりするのは、本当に楽しかった。

ワーキングホリデーを知った時、すでに心はオーストラリア

ワーキングホリデーを知った時、すでに心はオーストラリア

仕事は、とってもやりがいがあり、仲間たちや上司に恵まれていた。

それに、何でも好きなことをできる生活が気に入っていたので、オーストラリアで生活をすることは、只々憧れであり、夢のようなことだと思っていた。

「いつか1、2カ月くらいの長期旅行でいけたらいいなぁ☆」とは思っていたけれど。

しかしその時のわたしは、海外で長期間生活する方法は、留学か仕事しかないと思っていた。

「学生?」勉強が嫌いなわたしが学生かぁ、お金もかかりそう。

「ワーク?」スキルも語学力もないのにどうやって?

そう、「ワーキングホリデー」を知らなかったのである。

ある日、いつものごとく「オーストラリア 景色」で、検索していた記事を読んでいる時だったか。

それとも何となく「1カ月くらいの留学ってできるかなぁ?」と思って、何となく調べていた時だったか。

「ワーキングホリデー」という、聞き慣れない言葉を見つけたのである。

それは「働きながら1年間オーストラリアに滞在できるビザ」。

なのに「特別なスキルや資格もいらず、英語がペラペラじゃなくても大丈夫で、学生よりも初期費用が抑えられる」と言うから、なんて素敵な夢のようなビザなのだろう!

それを知った瞬間、母に電話していた。

「オーストラリアに行くことにしたから!!!」

ワーキングホリデーという制度を知った瞬間、オーストラリアへ飛ぶことが、決まっていたようなものです。

決めてから渡豪するまで、母に説明するのも、上手くはできなかった。

だって、自分もついさっき、この制度を知ったばかりだから。

それからは、”ワーキングホリデーとは何なのか”、”どんな風に過ごすのか”をインターネットで、たくさん検索をした。

身近にワーキングホリデーを経験した人や、知っている人があまりいなかったので、無料エージェントの担当の方にたくさん話を聞いてもらった。

高校卒業以来、全く英語に触れていなかったわたしは、初めはホームステイと語学学校という、お決まりのパターンを選択。

「いつからにしようかな?」考えるだけでワクワク。

そうなると、必然的に退職の時期を決めることになる。

何となく区切りよくしておきたいし、行くと決めたら、それに向けた貯金も少ししたい。

「よし、じゃあ、1年半後にしよう。」

そうすれば、情報ももっと集められて、少しは英語の勉強もできる。

退職を決めて、さらに父や母と話をする。

母は数ヶ月の間、わたしが「出張」という形で、組織に籍を置いたまま、海外へ行くものだと思っていたらしい。

話の途中で「退職」という言葉を聞き、少し戸惑っていた。

それでも誰も、止める人はいない。

言い出したら聞かないわたしを、両親はよくわかってくれている。

オーストラリアでのワーキングホリデーを終えて

オーストラリアでのワーキングホリデーを終えて

オーストラリアで過ごした10ヶ月、それはここには到底書ききれない、たくさんの出来事があった。

初めての感情に出会ったり、思いがけない人の優しさに触れたり、もう二度と体験したくないこともあった。

それでもセカンドビザを取って、ワーキングホリデー2年目を過ごそうと思ったのは、やっぱり、”オーストラリアが大好き”だから。

小さな頃からの夢だった、オーストラリアでの生活ができたこと、それは本当に夢のようだった。

「夢であってほしい」と思うような出来事もあった。

「帰りたい」と思うこともあった。

たくさんの出会いと別れがあって、その中に笑顔も涙もあって、大切な大切な友だちが出来た。

すべての経験が、今のわたしを形成している。

もっと大好きになった

もっと大好きになった

”大好き”という気持ちは、何よりも大きな行動力の源。

少なくとも、わたしにとっては。

迷ったり我慢して、辛いのなんて真っ平ごめん、「いつも楽しい」と思う方に向かって歩いていきたい。

今までそうしてきたように、これからも不器用ながらも、そうやって生きていたい。

ありのままの自分でいられることが、どんなに幸せなことか。

それを受け止め、一緒に過ごせる仲間や友だちがいることは、どんなに素敵なことか。

そんな自分を心配してくれる人がいるのは、どんなにありがたいことか。

オーストラリアで経験したことや感じたこと、出会ったすべての人や出来事、

「どれもかけがえのない宝物である」ということは間違いない。

The following two tabs change content below.
Nana
浜崎あゆみが大好きな道産子。現在ワーキングホリデーでニュージーランドに滞在中も、ライブのために一時帰国をするほどあゆちゃんをこよなく愛している。見えないと言われるが極度の人見知り。小さな幸せを大切に、どんな感情の時もあゆちゃんの曲とともに一日一日を過ごしています。ブログも更新しています。