スイスで支持されている遊具レンタル施設

スイスで支持されている遊具レンタル施設

スイスでは遊具を貸し出す「Ludothek(ルドテーク)」という施設があります。(「ルド」はラテン語で遊具、「テーク」は一般に施設を意味します)

おもちゃが量産・多様化されていった1970年代から都市部を中心に設置されはじめ、今では地域の図書館同様に普及し、施設数は全国で400カ所にのぼります。

わたしの住む地域にもあり、今年30周年を迎えました。

施設には2000点以上の多種多様の遊具があり、一つの遊具につき2〜5フラン(1フランは現在約120円)の賃貸料を払うと、一度に4週間借りることができます。

最新のおもちゃだけでなく、自分に家にいつも置くには大きすぎるトラクターや大型3輪車などの乗り物、個人が買うには高価すぎる木製のミニチュアハウスや楽器などを、格安の値段で借りることができ、希望すれば電話で延長することもできます。

ルドテークの運営はすべて有償ボランティアがしており、わたしも8年前から隔週で週1度そこに勤めています。

遊具が店にも家にもあふれる現代でも、 次々現れる遊具の新商品をいちいち購入せず、また時代に左右されない良質の遊具を子供達に与えたいと思う親や祖父母たちからは、ルドテークは今も高く支持されているようで、施設には複数の世代(就学前の子供達から高齢者まで)が出入りしています。

「共有」とLudothek(ルドテーク)

「共有」とルドテーク

連れてこられる子供たちにとって、Ludothek(ルドテーク)はどんなところなのでしょう。

物心ついたときからいつも母親の仕事にいつも同行させられていたわたしの子供は(おもちゃを扱う施設なので、子供をつれて働くことができます)、幼い頃おもちゃ屋とルドテークの区別がつかず、おもちゃ屋に行くとおもちゃを指さして、「これ、借りて行きたい。」と言っていました。

おもちゃが陳列されているところが、おもちゃ屋とルドテークで似ていたというだけでなく、いつでもそこに行けば手に入る遊具をしばらく借りて家で遊んで返却するのと、自分のものとして恒久的に所有することの違いが、ほとんど感じられなかったのではないかと思います。

そもそも、保育園で長い共同生活をしている子供や、年の近い兄弟をもつ子供たちにとって、自分が手にしているおもちゃを自分のものにしたいという衝動的な欲求があっても、実際には、ほかの子供達と共有して遊ぶこと(遊ばざるをえないこと)が多いのです。

そういう状況下の子供達の「所有」は大人のそれとは実質的に大きく異なるといえるでしょう。

さらにすこし視野を広げると、普通に子供たちが「所有」していると見なされるもの(遊具や衣類)も、もともと誰かのお下がりであったり、自分が成長に応じて不要になると年下の子にさらに引き渡されることが日常茶飯事にあります。

自分が大きくなってそれを年下の子に受け渡すことも、自分が成長したことを証す儀礼の一つのように、肯定的に、誇りにすらなって、子供たちに受け止められているように思われます。

ある意味、大人よりも所有するものを手放したり、「共有」する習慣がずっと上手に成立しているといえるでしょう。

そのような独特の「所有」と「共有」のサイクルの中にいる子供達と、遊具のレンタルというしくみは、かなり親和性が高い、というのが長年勤めてきた実感です。

「借りる」しくみから子供たちが学ぶこと

「借りる」しくみから子供たちが学ぶこと

子供達は、自分たちの家に諸事情で購入できないものを、1、2ヶ月という一時的な時間(といっても子供達にとっては数ヶ月はかなり長い時間に感じられる)、自分の所有するもののように遊びつくし、夢中になるのも早ければあきるのも早い子供達は、また新しいものに興味を持ち出す頃に、借りたものをさっさと返却する。

もしも本当に欲しいと思うものがあれば、親や祖父母にお誕生日やクリスマスなどにリクエストするなど、それを所有できるように自分なりに案を講じる。

その意味では、ルドテークは、単に遊具をレンタルするだけではなく、つきない所有への衝動との付き合い方を、子供が自分自身で学ぶ機会にもなっているのではないか、すくなくともそうなればすばらしいなと思っています。

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TOMOMI HOTAKA
2006年からスイス在住。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。元学術振興会特別研究員。 現在、地域の異文化・異世代間交流、教育、ソシアル・ゲイミフィケー ショ ンなどの分野で、ライター、リサー チャー、翻訳、通訳、語学指導員(ドイツ語・ 日本語)として従事。仕事とボラ ン ティアと二人の子育てを組み合わせたモジュール型ワーキングを実践中。