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スイスでの生活の中で体験したこと

>スイスでの生活の中で体験したこと

スイスで生活を始めて10年目になりますが、当初は自分が「当然」と思っていた日本の習慣がどんどん切り崩されて、頭のなかを新たに仕切り直していくという過程を繰り返していたように思います。

誰でも外国に住むと多かれ少なかれ同じようなことを体験すると思いますが、わたし自身の個人的な体験と理解をベースに、スイスの生活について少し紹介したいと思います。

スイスは、教科書風の言い方では住民投票がさかんな世界的にも珍しい「直接民主主義」の国です。

ですが、私の感じからすると、「それって必要なの?(必要なければしない)」「それをするならどのくらいお金がいるの?(自治体や国はどれくらいお金を払うことになるの?)」という二つの基本的な素朴な問いかけをもとにした取り決めのプロセスや仕組みが今も健在で、社会機能の基盤にある、という感じです。

その結果、はじめから理想をかかげるというのではなく、現実に合わせて実をとるプラグマティズムの発想が強いように思います。

それを特に強く感じるのが、日本とのコントラストが大きい教育現場です。

スイスの学校では「学ぶ」という一点が最大唯一のミッションであり、それ以外のことは学校も親もなるべく手間を省くミニマリズムが貫かれていると思います。

自由と自己責任、学校教育の仕組み

自由と自己責任、学校教育の仕組み

ここからの具体的な話は、チューリッヒ州の話です。スイスでは地方の自治権が非常に強いので、州によって義務教育事情も若干の違いがあります。

具体的な例をあげていくとまず、入学式や卒業式、展覧会や運動会、学芸会に相当するような学校をあげた年間行事はほとんどありません。

ただし行事がないわけではなくて、ほとんどすべて学級の先生が独自に企画するので、クラス単位になり、先生によってずいぶんする内容も頻度も異なります。

学校全体のつながりの薄さを象徴するのが、校長の存在です。

第一、校長職というのが、クラス担任の先生が兼任していたり、誰かがまとめていくつかの学校の事務を片付けるので十分という発想で、最近までなかったくらいでした。

さすがに近年、学校事務の仕事が増えて、校長任務をほかの先生が兼任するのは大変になったため、2006年からは教育条例が変わりました。

すべての学校に校長を配置することが決まりましが、学校をあげての行事や儀式がないこともあり(色々なイベントはすべて学級単位です)、生徒が校長に会う場面は少なく、小学校で校長がどの人で、なんという名前かを聞いても、わからない子が多いのではないかと思われます。

また、児童が自分の学校がどこか分かっていればそれで良いということだからなのか、 学校の名前が校内のどこにも見当たりません。

校門もなければキャンパスを取り囲む塀もなく、誰でもいつでもキャンパスに立ち入ることが可能です。

制服も校歌も、学力向上の目的と直接的な相関性が認められないのでしょう、一切なしです。

クラブや動物飼育などの課外活動すらも「学校」の管轄外ということで、学校活動にはなく、やりたい子は地域のスポーツや他の各種のクラブに自分で参加します。

たとえ必要性が認められても、それにかかる費用が問題となって、設置されないこともあります。

これは換言すれば、住民(有権者)がどれくらい自分たちの税金を学校や教育費にかけるかを、最終的に決定できるということであり、教育現場の意向と一致しない結果がでることも多々あります。

例えば、教育内容についてだけでなく、新しい校舎の建設如何も、住民投票で決められるのですが、子供が増えて校舎が不足していても、住民投票で校舎増設が否決されるというケースもこれまで何度もありました。

共稼ぎの家庭にとっては大変便利なはずの給食制度や全日制度が、スイスでいまだに導入されない一番の理由も、それをすると膨大なコストを自治体が負担しなくてはならなくなることについて、住民の中のコンセンサスがまだできていないことがネックだと考えられます。

このため、家庭でお昼が食べられない児童は、児童預かり所でかなり高めの食事サービスを受けたり、持ってきたものを電子レンジのある部屋で温め食べることになります。

しかし、大多数の子供が昼に一旦家に戻って食事をすることが前提となっているため、昼休み時間は幼稚園・小学校・中学校どこでもすべて2時間設けられています。

こんな具合に学校という場への思いは「我が母校」というようなしみじみとしたイメージとはほど遠い、あっさりした即物的なもので、無駄と思うものには、ばっさり住民投票という手段で節約のメスが入ります。

ですがその一方(生活や風紀など)で、それぞれの子供や家庭にまかせほとんど干渉せず、ルールも無駄、無理を省いて最小限なので、自己責任の名のもとに、 子供の自律や自由度が保たれていると言い換えることもできます。

例えば、学校への通学や服飾にもうるさいことを一切言われません。

小学校入学のその日から自転車はもちろん、スクーターやスケートボードでの通学も大丈夫ですし、ランドセルを背負ってよたよた一輪車で通う子供もいます。

学校のキャンパスに入るまでは、なにかあっても自己責任、学校の責任ではないというスタンスです。

とはいえ、一つだけルールがあります。

それは親に付き添ってもらわずに通学することです。

このルールは学校だけでなく、2006年以降、就学前に義務教育の一部となった2年間の幼稚園でも、子供が自立する第一歩として重視されており、それができるように入園まもなく幼稚園には警察が来て、歩行者のための交通ルールをきちんと教えます。

このためスイスでは、朝と昼時に幼稚園児や単独でそれぞれの目的地に闊歩する姿が週日の日常風景として見られます。

同様に、自転車通学が多い小学生にも、詳しい交通ルールや実地試験をふまえながら、段階的に教えていきます。

携帯電話は、カンニングや遊びに使われる恐れがあるので、授業中切らなくてはいけませんが、基本的に授業に障害をきたさない限り服装や持ち物も自由です。

お化粧してもアクセサリーをつけても、お気に入りのぬいぐるみを持っていてもかまいません。

休み時間にパンや果物などを間食することも認められています。

というより、休み時間に生徒が何かを食べることに関して、なんら学校側で問題が見当たらないので、禁止する必要がないのでしょう。

ただし、学校側にとって、教室が食べ物で汚れると面倒なので(掃除は子供達ではなく、放課後に掃除サービスの人がします)、原則として雨の日も冬の零下の日も屋外で食べることが条件です。

しかし学校の屋外スペースには基本的に椅子などありませんから、みんな立ち食いになりますが、それを良くないとするこれといった理由もないようです。

こんな具合に日本の学校事情とあまりに違うので、こんなにルールがなくて大丈夫なの?こんなのもありなの?と子供を現地校に通わせはじめた当初は、わたしにとってびっくりの連続でした。

評価される社会システム

評価される社会システム

それが本当に必要なのか、それにはいくらコストや労力がかかって採算は合うのか、という2点に照準をあわせてスイス人の論理思考に沿って考えると、学校の仕組みはとても一貫していて、 わかりやすいものに見えてきて、不可解なルールや習慣に拘束されることが少なく、時間的にも自由度が高い学校生活を、安心して評価できるようになりました。

もちろん、学校で問題が起きることはありえますが、起きた時に個々に対処するというスタンスであり、はじめから全員を対象に禁止するルールを作っておくというやり方は、学校だけでなくスイス社会全般に基本的になじまないようです。

安価な保育所や給食制度などの手厚い(しかし税金が高くなる)制度が今もないという点は、ヨーロッパの中でもかなり珍しいです。

その分、ボランティアなどがカバーする領域と動員数が依然多く、スイス全住民の約4人に一人が公式・非公式のボランティア活動をしており、総時間数で6億25百万時間にのぼると言われます(興味のある方は、スイスのボランティア関連の記事をご参照ください)。

社会の信頼関係や協調的なネットワークを「社会資本」として指数化した最近のヨーロッパ比較調査でも、スイスは社会資本指数が非常に高く、つまり社会的な協力関係や連帯力が強い、国の一つであるという結果になっています。

スイスは、北欧流の社会福祉国家とは別の形で、それなりに必要な社会機能を維持している国と言えそうです。

このような公立の学校の在り方はスイスでどう評価されているのでしょうか。

チューリッヒ州全体の95パーセントの就学児は、公立幼稚園・小中学校に通っていて、私立学校がほとんどないという事実は、もちろん経済的な要因もあることながら、公立学校におおむね満足・評価している人が圧倒的多数であることを物語っているといえるのではないかと思います。

逆にいうと、 子供が安心して街を通園・通学できるような恵まれた環境であるからこそ、学校にほとんど校則がなくて、先生や親が学校周辺の安全キャンペーンすることもなく、むしろひとり歩きを奨励するような、飾り気のない素朴な学校制度が成り立っているといえるのかもしれません。

鶏と卵どちらが先かのように、学校とそれを取り巻く環境、どちらが先に良かったのか、というような簡単な問題の立て方では実情は把握しにくいですが、いずれにしても、現状がどちらも持ちつ持たれつの均衡関係で、良好な状態を保っている状態であるとことは確かだと思います。

素朴で骨太なスイスの社会システムとそれの上に成り立っている生活の様子について、また色々な断面から紹介していきたいと思っています。

よかったら、またおつきあいください。

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TOMOMI HOTAKA
2006年からスイス在住。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。元学術振興会特別研究員。 現在、地域の異文化・異世代間交流、教育、ソシアル・ゲイミフィケー ショ ンなどの分野で、ライター、リサー チャー、翻訳、通訳、語学指導員(ドイツ語・ 日本語)として従事。仕事とボラ ン ティアと二人の子育てを組み合わせたモジュール型ワーキングを実践中。