ゆっくり歩くインドネシア人
「インドネシア人は世界の中でも歩くのが一番遅い民族である。」
と言ったのはインドネシアの英字新聞ジャカルタポストで、決して私の偏見から出た言葉ではありませんが、なるほど左様にインドネシアの人はゆっくりと歩きます。
これが人通りの少ない道でならば一向に構わないのですが、よりによって混んでいるビルの廊下やデパートの通路などでやられると、ついいらいらしてしまいます。
そのスピードときたらほとんど能や狂言の踊り世界に限りなく近いものに感じてしまうのですから。
とそんなことを言っている日本人たちもいつの間にかにそのリズムに染まってしまい、日本に帰った時にはその慌ただしさについて行けなくなってしまうのです。
ゆっくり歩くということには暑い国で如何に体力の消耗を最小限に抑え、自らの体を疲労から守るという自己防衛のちゃんとした理由があるのですが、いつか遊園地をぶらぶらしていたとき、小学校低学年の子供たちを引率して来た先生が、
「ゆっくりと歩きなさい。そうしないとすぐに疲れてしまうよ。」
と子供たち注意していたのを聞いたときにはさすがに驚きました。
日本の親や先生だったら子供に対してふた言目には「早くしなさい!」と言うに決まっていて、まず「ゆっくり」なんて言うことはないと思うのです。
日本からの技術移転とストレス
そんなのんびりとした国だから私はこの国に「ストレス」などと言う概念があるとはついぞ思わなかったのですが、街を見回しているとストレスに効く薬なるものの看板がやたらと目につきます。
思わず会社の現地スタッフに、
「インドネシアの人がストレスで悩んでいるなんて思ってもみなかったよ。」
と話したら、
「あなたたち日本人と一緒に仕事しているとストレスを感じるよ。」
と見事にやり返されてしまいました。
インドネシアはお隣のマレーシアと共にイスラム教圏の国の中で近代工業国建設に邁進していて、先進国からの技術導入には積極的です。
その技術提供の担い手の多くを日本が負っているのですが、技術導入を急ぐあまり技術移転が思うように進まないと、日本は技術の出し惜しみをしているだのケチだのと批判が出てくるのは、この国に限らず開発途上国でよくあることです。
ただ上層部から見るのとは違って技術移転の現場にいる者たちからするとちょっと事情は違っているのです。
それは技術を受ける側の姿勢が受動的な面が多々あり、思うように技術移転が進まないことによるもので、単に技術提供側だけの問題ばかりではないからです。
この辺の事情はやむを得ない面があるのではないかと思うことがあります。
そもそものんびりと生活していたところに先進工業国のリズムを持ち込めば、そこに種々の歪が生じるのは自然なことであり、人々にストレスを引き起こさせることになります。
明るくて穏やかな性格の彼らにストレスを感じさせてまで技術移転をしなければならないのかと考えてしまうのは、先進国にいる者のわがままでしょうか。
私は将来インドネシアが今より工業化が進んで発展しても、インドネシアの人は日本人のようにせかせかと街を歩くことなく、今まで通りゆとりを持った生活を続けて欲しいと思っています。
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