ヨーロッパ芸術職人のイベント
4月1日から3日にかけて、ヨーロッパでは『2016年ヨーロッパ芸術職人の日』が開催されました。
フランスを始め、イギリス、ベルギー、オーストリアなど、19ヵ国もの国が賛同するこのイベントは2016年で10周年。
テーマは節目の年にふさわしく「職人の技、明日へつなぐ行動 « Métiers d’Art, gestes de demain »」と、職人が作り出す芸術の未来に焦点を合わせたものでした。
今回はこのイベントに参加するため、多岐に亘る分野で活躍する職人たちがアトリエを構える、パリ12区のル・ヴィアデュック・デ・ザールに行ってきました。
フランスの伝統工芸
フランスの伝統工芸とはどういうものなのでしょうか。
シャルル・ルブラン、二コラ・プッサン、ジャック=ルイ・ダヴィッド、ドラクロワといった画家に代表されるフランス絵画。
そして、ジャン=バティスト・ピガールやロダンなどの巨匠に見るフランス彫刻。
フランスにおける絵画や彫刻は、1648年、王立絵画彫刻アカデミーの創立以来、国政のプロパガンダの役目を担っただけではなく、教育法の成立や、美術理論を巡る議論などを通して、フランスを瞬く間にヨーロッパ一の芸術大国へと導きました。
しかし、フランス芸術の立役者は絵画や彫刻といったファイン・アートだけではありません。
実は職人による伝統工芸もその飛躍の一端を担っています。
伝統工芸とは、長い年月に亘り受け継がれてきた実用性と美的価値の両方を兼ね備えた作品のことを言います。
日本でも焼き物や刃物、織物、人形作りなど、都道府県別にみても実に様々な伝統工芸が存在します。
フランスにもセーブル焼きなどの磁器や、タペストリー、ステンドグラス、刺繍、ミニチュアと呼ばれる細密画などがあり、卓越した技術によって作られた品々は宮廷や大都市で花開いた貴族文化、またキリスト教文化の発展に大いに貢献しました。
これらの作品は、絵画や彫刻と同じように、国の文化史を証明する重要な歴史的遺産として美術館などに所蔵されています。
アトリエが集うル・ヴィアデュック・デ・ザール
何世紀も前から現在まで続く伝統工芸をもっと知ってもらおう、そして次世代に伝えていこうという主旨の下フランスで始まった『ヨーロッパ芸術職人の日』。
毎年200以上もの伝統工芸に光を当てている大規模なイベントですが、開催期間中はアトリエを自由に見学出来たり、職業体験ができたり、職人たちが自らの作品を展示販売したりなど、実に様々なことが行われています。
今回足を運んだル・ヴィアデュック・デ・ザールは、伝統工芸に従事する職人たちのアトリエが一同に集う場所として有名であり、もともと1969年に廃線となった国鉄近郊鉄道の高架橋でした。
高架下のアーチ部分にガラスを貼り建物の再利用をしているというわけですが、多岐に亘る分野の職人たちがここで古いものを継承しながら、新しいアイディアを生み出している、まさにフランス伝統工芸の最先端です。
そんなコアな場所をパリジャンたちがこのイベントの日に外す訳がありません。
私が行った3日(日)はお散歩日和とは程遠い、少しどんよりとしたお天気だったのですが、正午を過ぎた辺りから徐々に人が増えはじめ、狭いアトリエはいつの間にか人でいっぱいになっていました。
外には、職人たちが各々の手腕を十分に発揮して作製した工芸品を展示した複数のスタンドが立ち並び、道行く人がふと足を止めて見ていくという光景も頻繁に見られました。
一際人だかりが出来ていたスタンドは、ガス管や消火器を持ち運び式のガスバーナーのような機械で、表面に描かれた下書きに沿って穴を開けていくというデモンストレーションをしていた所です。
固い管を溶かして空洞を出現させる作業は決してスピードを求めるものではなく、失敗がないように、慎重に、じっくり取り組まなければなりません。
穴が開かれた後の管は、蝋燭立てや小物入れに生まれ変わり、ハート型やロザリオ型にくり抜いたいわゆる「残骸」はマグネットに大変身(3€で販売)。
一切の無駄を生み出さない、素敵な職人アートに触れることができました。
笑顔が魅力的なエミリーさんが手掛けるのはリノカットという技法で作るオリジナル版画。
コルクや木の粉から作られる合成樹脂材に彫刻刀を入れて凹凸を出し、インクを付け、上に紙を置き手や機械で印刷をします。
木版画と似ているのですが、リノカットはその材質が木よりも柔らかく、木目の制約を受けない分どの方向にも彫ることができるます。
出来上がったモチーフは紙にする以外にもマグカップや布製カバンのデザインに使われていました。
アトリエ内でも興味深いデモンストレーションが行われていました。
足を運んだ中からいくつかご紹介します。
ガラス工房
赤い火の玉のような状態から形を作っていく作業を職人二人で行います。
吹き竿の先端に溶けたガラスを付け、一人が反対方向から息を吹いて膨らまし、もう一人が竿を回しつつ、ペンチのような道具を使って成形します。
版画アトリエ
年代物の大きな機械を数台構えるアトリエ内では、版にインクを付けて刷る作業を行っていました。
その際、用紙と版が望む位置にピッタリくるように調整するのですが、職人さんの集中ぶりに見学者は思わず無言に。
刷った後は職人含めて全員でホッとするという、面白い一体感が生まれていました。
絵画・額の修復アトリエ
普段あまり見ることが出来ない職人技が披露されていた場所といえば、なんといってもここ。
職人たちが絵画を修復するとき、最初に行う作品の表面処理(洗浄)作業を見ることが出来ました。
このアトリエでは額の修復も手掛けています。
たくさんの色の絵具の中からその額に合ったものを選び、時に色と色を混ぜ、細かい部分に塗っていくという非常に集中力が求められる作業です。
私がここで挙げた以外にも、傘づくりや刺繍、ピアノ、ギターなどの工房がありました。
また、ル・ヴィアデュック・デ・ザールに限らず、パリには多くの伝統工芸に特化したアトリエが存在します。
パリを訪れた際には、このような場所を見学コースの中に入れるのも、新しい発見があっていいかもしれません。
文化の継承と発展
フランス文化の発展に貢献した伝統工芸。
そのルーツを知るのにふさわしい博物館があります。
それは3区にある工芸博物館(Musée des arts et métiers)。
約8万点もの作品と1万5千枚の設計図が収蔵されており、それらは器具、物質、建築、通信、エネルギー、機械、輸送という7つに区分されています。
コレクションはフランスのものだけではありません。
近隣のヨーロッパ諸国、アジアのものも網羅しています。
年代も非常に広範なので、じっくり見学すると丸一日使ってしまうほど充実しています。
これほど膨大なコレクションは、伝統工芸がいかに人々の生活をより豊かにするための技術として認識されていたかを物語っています。
芸術的作品でありながら文化発展の一端を担う革新的な作品であった工芸品は、今でも歩を止めることなく、古い技術を次世代に伝えながら、また斬新なアイディアを生み出しながら、新しい市場を開拓するしていくことをこれからの目標にしています。
文化の継承と発明が共鳴しているといっても過言ではありません。
これからの伝統工芸には職人だけではなく、大衆の参加も必要不可欠であると彼らはいいます。
職人の存在や手腕、考え方をより多く吸収し、それを広める。
こういったことを繰り返すことでこれからの職人文化を共に生きるという姿勢が生まれ、いつしか人々の生活の一部になっていきます。
私がここに書いた記事もこういった運動の一つになってくれたらいいな、と思いつつ。
- フランスの伝統工芸と職人文化事情 - 2016年4月21日
- フランスの大学へ美術留学した私の6年間 - 2016年3月28日
- フランスのイベント『マルディ・グラ』 ―謝肉の火曜日― - 2016年2月24日
- フランス名物菓子「ガレット・デ・ロワ」の文化と作り方 - 2016年1月20日