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「THE SAKAI」海外初出店から1年

「THE SAKAI」外初出店から1年

2018年8月、これまでフランクフルトにはなかった、ラグジュアリーな新スタイルの和食を供する「THE SAKAI」が、ザクセンハウゼンの片隅にオープンしました。

「寿司だけではない、和食の幅広い楽しさをヨーロッパの人々に知ってほしい」という店主・堺博さんの想いからスタートしたこのお店、1年が経ちどのように進んでいるのでしょうか。

試行錯誤して行き着いた、THE SAKAIの料理

試行錯誤して行き着いた、THE SAKAIの料理

「ドイツ人にはどんな料理が喜ばれるのか、1年間、試行錯誤しながら、今やっと形になってきました」と振り返る堺さん。

伝統的な懐石料理に始まり、オーソドックスないわゆる和食、様々な品を提供し、お客様が求める味を探求していく中、たどり着いたのが、THE SAKAIのオリジナル。

仕込みや調理法などは正統派の和食をベースに、ヨーロッパの食材を使ったり、味のアクセントに洋風のテイストを取り入れたり、完全な和食だけどアートのような見た目だったり、和食初心者のドイツ人にも口なじみのいい品々がラインナップ。

寿司職人として28年ものキャリアをもつ堺さんによる、確かな技術に裏打ちされた和食の仕込みで生み出された品は、懐石料理、フュージョン料理などというジャンルにとらわれない、オリジナリティーに溢れています。

イベント続々!クッキングショーは応募者殺到

イベント続々!クッキングショーは応募者殺到

お店と並行して、名だたるイベントに引っ張りだこだった、この1年。

ハーメルンにある五つ星の古城ホテルで行われるグルメイベントは、毎回異なる有名シェフが招かれますが、堺さんは2018年に続いて2度目の招致を受けました。

さらにクロンベルクの古城ホテルのイベントに初参加。いずれも堺さんが初の日本人シェフで、すでに2020年にもオファーを受けているそうで、どれだけ好評だったかが伺えます。また、全日空のビジネスクラスにて、「THE SAKAI」監修の機内食が登場したことも話題になりました。

そして新展開となったのが、フランクフルトの人気グルメマガジンの企画により「THE SAKAI」にて実施されたクッキングショーです。

これは同誌の会員登録者や読者が申し込めるイベントで、参加者はカウンター席に座り、この日供されるコース料理8品を、堺さん自ら作り方を説明し調理していく“クッキングショー”を見ながら、料理ごとにペアリングされたワインやお酒とともに楽しみ、レシピまで持ち帰れるという夢のような企画。

例えば、まるごとのマグロを目の前でさばいたら、部位の説明をしてお刺身に。

添えるのは、ドイツではお目にかかれない希少な本ワサビ。本物の鮫皮を使った本ワサビ専用のおろし板ですりおろすと香りや辛さが際立ち、刺身の旨味が存分に引き出されます。

ほかにも、魚の西京焼きの技法を伝えたり、寿司はシャリ切りから握り方まで、味噌汁はだしのひき方から…など、どれも下ごしらえレベルから調理行程を見られるのが醍醐味。

コース料理というと堅苦しいイメージですが、堺さんの喋りでアットホームな雰囲気で行われるため「こんな風に話しながら食べていいんだ!」と参加者が驚きの声をあげるなど、作り方や食べ方だけでなく、食事マナーまで幅広く和食の世界を知ることができるのです。当初は単発の企画でしたが、告知後すぐに席が売り切れ、あまりの参加者の反響の良さに、2020年6月まで毎月連続で行われることに。

コンスタントにイベントを行うことは、並大抵の行動力ではできませんが、それをいとも軽やかにこなしていく堺さん、その原動力とは?

「お客様が和食に興味を持ってるのがわかるし、イベントをする僕らも楽しい。やはりお客様の『すごく美味しかった」「また食べたい』という声が大きな原動力ですね。地方に行くと、普段本物の寿司を味わえない人が、寿司を食べて美味しいとダイレクトに感動を伝えてくれる。料理人冥利に尽きるし、和食を広めるのに一役買うことにもなってるのかなと感じます」。

片言でもいいからドイツ語で

片言でもいいからドイツ語で

お店でもイベントでも堺さんが心がけているのが「片言でもドイツ語で話すこと」。

2018年に渡独してきてドイツ語を初めてまだ約1年半。現在も勉強中ですが、お店ではもちろんドイツ語、4時間にのぼる長丁場のクッキングショーは、サポートとして通訳さんが入るものの、メインのスピーカーは堺さん。

ドイツ語のカンペ片手に自分の言葉で話します。ドイツではカウンター席がステイタスという文化がないので、カウンター席は敬遠されがちですが、ひとたびカウンター席に座れば、調理する堺さんの手さばきを見ながら、料理のこと、日本の食材や文化、すし職人の修行についてなど、思いのままに堺さんに聞くことができ、帰る頃には、また次回カウンター席に座りたいとリクエストするように。

「ただ料理を作るだけじゃなく、料理を食べて幸せになってもらう。さらに、その料理を現地の言葉で人に伝えることが、料理人となった僕の使命であり、価値であると思う」。

ドイツ人シェフとの異色コラボも

ドイツ人シェフとの異色コラボも

堺さんの目は対お客様だけではなく、同じ料理人にも向けられています。

懇意になった日本の鉄板焼きレストランからは、お店の30周年記念イベントに呼ばれ、同店で寿司を握り大盛況。

フランクフルトの五つ星ホテルでは、前菜からメイン、デザートまで全6品、星付きの総料理長と堺さんの品2バージョンずつ提供するという料理コラボを。

寿司カテゴリーでは、ドイツ人である総料理長が、シャリに見立てたジャガイモに肉を乗せるという荒技(⁉︎)を見せ、堺さんは店内に作った舞台でダイナミックに寿司を握るなど、いわばドイツVS日本のような興味深い料理バトルでお客様を魅了しました。

「商売敵という言葉があるけど、今はそんな時代ではない。共存共栄。一緒にフランクフルトの飲食業界を盛り上げていきたい」という堺さんの言葉が象徴するように、お店同士で温かな関係を築き、また意見交換や勉強会でお互いを高め合うなど、横の繋がりも大切にしています。

日本の当たり前がドイツの当たり前じゃない

日本の当たり前がドイツの当たり前じゃない

堺さんにとって「THE SAKAI」は海外1号店ですが、海外で働き始めて、言語の他に大切だと感じたのが「まず移り住む前にその国を知っておくこと」。

日本では問題なくできることも、お国が違えば法律や生活習慣、お役所の対処法(!)など何から何まで違い、戸惑う場面も多々。

「自分がそのへん無知で来てたくさん失敗したので、これから来る人にはぜひ事前準備をお勧めしたいですね」。

そんな右も左も分からない中、現地に住む日本人と知り合い、直接色々聞けたことが心強かったという堺さん。

「ほかにも、イベント出演のきっかけとなったり、専門的な知識が必要な手続きで助言いただいたりと、本当にお世話になっています。今の僕があるのは、そういう方々との縁だなとつくづく感じます」。

これは、他力本願ではなく、確固たる信念をもって突き進む堺さんの人間力があってこそ。堺さんのように何かに情熱を燃やす人の元には、共感し人が自然と集まってくるもの。言語の違う外国で、同じ日本人と触れ合うことは、孤独を癒し、大きな心の支えにもなってくれるはずです。

料理人のゴールとは?

料理人のゴールとは?

日本では伝統に忠実なお寿司を握っていましたが、「そういったお寿司はすでに老舗和食店の先輩方によってドイツに根付いている。そこで僕が追求するのは、和食の地位を落とさず、どれだけ外国人に受け入れられやすい料理を作れるか」ということ。

夢だった海外出店をゴールとせず、ドイツ人シェフにインスパイアされたり、ソースをふわっと泡状に仕立てるエスプーマなどヨーロッパで主流な技法を学んだりと、今もなお貪欲に知識や技術を吸収し続ける堺さん。

「料理人にゴールはないと思っていて、もしあるとしたら料理人を辞める時。定年がないからまだ先だけど、僕に言わせたら時間がない! 日本で何十年修行しようが、ドイツではまだ1年半なので、もっと腕を磨いて、自分の味を追求したい。そして、僕の料理を通じて、ドイツ人に和食の美味しさを知ってもらい、さらに日本にも興味を持ってもらえたら。料理で日本とドイツの架け橋になれたら最高ですね」。

料理人として高みを目指す堺さんですが、2020年、クロンベルクの古城ホテルにて、和食の朝食をプロデュースすることが決定。

現在、ドイツ人シェフ達に、だしの引き方や、鍋でのご飯の炊き方をはじめ、これぞ日本の朝食を伝授しています。ドイツにおいて、どれだけ和食の認知度があがり、どのように和食文化が進化していくのか、ますます目が離せません。

【DATA】
●THE SAKAI
Address:Hedderichstr.69 60596 Frankfurt
Telefon:+49 69 89990330
https://www.the-sakai.com

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OKOSHI RIE
ドイツ生まれの日本人夫にくっついてドイツへ移住したが、何年住んでもドイツ語初級なフリーライター。現地コーディネーターも行う江藤有香子と“Team R fut. Y”を結成し、日々あちこち奔走。リトルプレス『点線面』内の「どきどきドイツ暮らし」などで、生活に密着した現地ネタを届ける。自身が所属する「POMP LAB.」サイト内では、フランクフルトブログも公開中。