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フランスへ赴いたきっかけ

フランスへ赴いたきっかけ

私はパリ第4大学の博士課程で美術史の研究をしています。

日本での学部時代、美術館にも美術作品にも特別興味を持ったことがなかった学生が渡仏し、この世界に足を踏み入れてから6年が経った今、自身の留学についてどう思っているのか、懐かしい記憶の中から思い出を引き出して書いてみようと思います。

まず、私が美術史を始めてみようと思ったきっかけは、大学3年の時に取った概論の授業でした。

教室のスクリーンに映し出された絵画の中に何が描かれているのか、それがどのような意味があるのか等を、歴史的背景を踏まえながら分析をするという図像学は、まるで一つ一つのピースをはめて全体像を導き出すパズルのようでとても面白く、瞬く間に私を美術史の世界へと引き込んでゆきました。

そこから美術系雑誌や文献を読むようになり、いつしか西洋美術の本場であるフランスで本格的に勉強してみたいという気持ちがどんどん膨らんでいきました。

しかし、当時私の専攻はフランス文学。転科をしようにも時既に遅く、悔しさを残しつつ大学を卒業したことを覚えています。

もっと美術に触れていたい

もっと美術に触れていたい

就職したのは美術とは全く接点がない会社というこもあり、どうしても美術史への思いが経ち切れずに退職。

程なくフランス留学の準備に着手しました。

一年間の準備期間中、ギャラリーでのアルバイトと語学学校を掛け持ちしながら大学の情報収集に勤しんでいました。

フランスには美術史が入った大学が沢山ありますが、それぞれ独自のカリキュラムを持っているため、どの大学を選ぶかはそこで何を学びたいかに依ってきます。

私は通史を勉強したいと思っていたので、古代から近現代までの美術史の授業が比較的バランスよく学べるパリ第4大学に決めました。

フランスの大学にはいわゆる入試というものがありません。

入学したい理由及び将来のビジョンを記した願書と語学力(フランス語資格試験DALFのC1)の証明書があれば書類選考で合否が決まります。

日本の大学を出ているので修士課程から入ることも可能だったのですが、フランス文学専攻だったということに加えて美術史を基礎から学びたいと思っていたため、学部一年生から始めることにしました。

大学の難関試験

大学の難関試験

フランスの学部は日本の4年制大学と違い、通常3年で修了します。

しかし、入学したら必ず卒業できるという安易な世界ではなく、1年に2回行われる学期末試験と中間試験で平均点以上の成績を収めないと学年を終えることが出来ません。

試験は基本的に論述試験で、1年生は2時間、2年生は3時間、最終学年は4時間。

採点は非常に厳しく、20点満点中平均の10点を取るのも一苦労です。

すべての科目に合格しないと上には上がれないため、試験直前の大学図書館には夜遅くまで残って復習する学生が多く見られます。

1年生が500人が入学したならば2年生は約300人ほど。

3年生ではわずか150人しか残りません。

フランスで大学を無事に卒業することはとても難しく、学生は容赦なくふるいにかけられ、基準値に満たない人は別の道を選択せざるを得なくなります。

将来が掛かっているわけですので試験期間になると多大のストレスを負いますが、このような状況でも「美術史が好き」だということをいかに忘れないで勉強に取り組んでいけるかが、学部時代を乗り切る最大の成功法だと思います。

大学の授業ではボイスレコーダーが必需品

大学の授業ではボイスレコーダーが必需品

フランス語は私にとって外国語。

先生の言うことをすべてノートに取ろうと思っても、早くて聞き取れなかったり意味を考えている間に次の話題に進んでしまっていたりと授業についていくのが大変でした。

そんな時の心強い味方はボイスレコーダー。

全ての授業を録音しました。

ノートには聞き取れなかった箇所をそのまま空欄にし、その横に「何分録音」と記入しておきます。

このようにすると、復習のときにその部分だけを聞いて空欄を埋めればいいだけになり、全てを聞き直す手間が省けます。

ただでさえ科目が多い学部の授業。

バランスよく復習するためには時間も上手に使わなければなりません。

ボイスレコーダーは本当にお勧めです。

美術史を研究

美術史を研究

激動の学部時代を突破した後、修士課程では初めて「研究」を行いました。

ここではただ講義を聞いているのとは違い、自分が決めたテーマを2年かけて調査し、論文を書き上げなくてはなりません。

強い意志と自主性が求められます。

今まで私にとって未知の世界だった図書館や美術館の所蔵室、古文書館などにも頻繁に足を運ぶようになりました。

現在ようやくパリ第4大学の博士課程1年生として本格的な研究のスタート地点に立てました。

ここでは学生一人一人が研究者を目指しているため、それぞれが美術の新たな歴史を作りあげるという意識を共有しているように感じます。

また博士課程になると中世美術や近代美術、19と20世紀、というような時代に特化した研究会に入会することが出来ます。

何か月か一度にメンバーで美術館を訪問したり、飲み会をしたりと、学生間のざっくばらんな社交の場になっています。

うっかりしていると置いて行かれてしまう緊張感をどこかに持ちつつも、研究会を通して学生や先生方と関わりが持てるのは本当に嬉しいことです。

フランスで勉強するメリット

フランスで勉強するメリット

フランスで美術史を研究すると沢山のメリットがあります。

まず何と言ってもすぐ近くに世界的に有名な美術館がいくつもあり、見たいと思った絵画をすぐに見ることが出来ること。

これは言わずもがな、最大のメリットであってフランスで勉強するアドバンテージだと思います。

美術の関連する文献の豊富さもその中の一つです。

フランス語で苦労はしますが、あらゆる年代を網羅しているため、大変な分、多くの情報が手に入りやすいのではないかと思います。

そしてフランス美術史に携わる人にとってなんといっても魅力的なのが、研究に関する一次史料が近くにあることです。

日本に居てはすぐにアクセスできない史料を早急に入手できるのは、研究を進める上で好都合なのは間違いありません。

留学で得たもの、失ったもの

留学で得たもの、失ったもの

フランスに留学して得たものと失ったものについてまだ途中段階ですが、得たものの方が圧倒的に多い気がします。

それは美術の歴史の一担い手としてのささやかなプロ意識であったり、同じ目標を持つ同僚であったり、違う分野で頑張る仲間であったり、これからの自分の将来への期待だったり……あまりに多いので、ここでは列挙しきれません。

失ったものは全くないと言いたいところですが、強いて挙げるのならば、留学しなければ過ごすはずであった、20代での日本の生活でしょうか。

留学を通して

最後に将来のビジョンについて少し触れたいと思いますが、今後の予定というはいつどのように変化するか分かりません。

それでも一つだけはっきりしているのは、自己満足で終わるのではない、将来社会に役に立ってもらえるような研究を行うという目標です。

どのような形でも美術と関わっていけたらこれほど幸せなことはありません。

他言語で勉強を続けるのは大変で逃げ出したいと思うこともありましたが、ここまでやってこれたのは何よりも理解を示してくれている周囲の方々のおかげです。

6年前に自分勝手すぎる理由で決断したフランス留学。

それを形として残すのが私が出来る彼らへの恩返しだと思っています。

今回美術史という切り口から私自身のフランス留学を振り返ってみました。

この国には様々な理由で日本から渡仏し、学んでいる人が沢山います。私の体験談はそのうちの一つでしかありませんが、これからフランス留学を考えている人の参考に少しでもなってくれたらとても嬉しいです。

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HATTORI AYUMI
大好きな美術史の勉強をするため2010年に渡仏。現在パリ第4大学で19世紀後半から20世紀前半における大衆版画の研究をしています。慣れてきたようでなかなか慣れないフランス生活。アート以外にも、食やイベント、時事問題など興味の範囲を広げて記事を書いていけたらいいな、と思っています。