ロンドンからヨーロッパ各国へ
渡英当初、日本の先入観を引きずっていてイギリスのなにもかもが許せなかった私は、それを発散するかのように海外旅行をするようになった。
イギリスに暮らしていることの利点として、2〜3週間の有給が一度に取れること、そして昔から憧れていたヨーロッパ各国にすぐ行けることがあり、それを最大活用したかった。
イギリスには EasyjetとRyanairという格安航空会社があり、ロンドンのガトウィック空港からも飛んではいるものの、ずっと北にあるルートン空港かスタンステッド空港からの発着が主になる。
東京からみていうところの、埼玉の大宮や越谷あたりだろうか。
北ロンドンに住んでいれば、タクシーでも行ける。
欧州旅行も考えて渡英する人は、北ロンドンに住むと便利だと思う。
これらの格安航空会社では座席指定や荷物預け入れ、機内食は有料だけれど、時期や時間帯を選ばなければとにかく安い。
今までで見た中で一番驚いたのは、Ryanairでクロアチアまで燃料費込み片道50ペンス(100円ほど)というセールだ。
これは大特価だとしても、早めに取ればやはり他より断然安い。
またロンドン以外の都市から飛ぶのも安い。
イギリスからは、ヨーロッパの各国へ2〜3時間のフライトで行ける。
夏場になると人気のリゾート地へ直行便が出たりするので、首都を経由せずにそのままホリデー先に行けたりもする。
日本からは遠い遠い異国だったところが、三連休でも行けたりする。
普段不便でつらい生活を送っているのだから、この利点は思う存分活かさないとと思っていた。
学生のころはドイツやロシアなど、ヨーロッパでも北のほうの国に憧れを抱いていたものの、いざイギリスに引っ越して来ると、もうこれ以上1mmも北へ行こうという気持ちは起きなくなった。
代わりに、南への憧れが強烈にあふれ出た。
とにもかくにも、暖かくて、明るくて、おいしいところ。
それを求めて毎回南に進路を取った。
イギリスに来て、汗をかくこともほとんどなくなった。
夏でもTシャツで過ごせる時期は2〜3週間あればいいほうで、それでも屋外プールや海の水は冷たすぎてつかれない。
「水をかぶりたいほど暑い」という気持ちは完全に未知の世界となった。
イギリス人は体が違うので、冷たい海でも平気で入れる。
暑さに弱く、最高気温たった28℃の予報で「ヒートウェーブが来る」と大騒ぎになり、一日中オフィスのブラインドを閉めるようビル管から通達が入る。
夜は気温がぐんと下がるのに電車の冷房は昼間の設定のままなので、薄手のダウンが手放せない。
どうにか暑さを漫喫したい。イギリスの夏が過ごしやすいのはいいけれど、一年に一度くらい大量に汗をかかないと、新陳代謝を忘れそうだ。
また、イギリス在住で外食に対する期待値が恐ろしく下がっているので、旅先の食事はなんでもおいしい。
ガイドブックを見ずに適当な店に入っても普通においしいし、しょぼいテイクアウトの店でもおいしく、いつも驚く。
しかもユーロはポンドより安いので、どこもかしこも安く感じられる。
始めのころは世界遺産も大好きだった。
「行ったリスト」にチェックをつけるだけのようなものだったけれど、教科書で見た遺跡を訪ねるのは楽しかった。
有名な世界遺産がたくさんあるのも、南欧だった。
憧れのギリシャへ
むかし好きだったジグソーパズルの絵が、ギリシャのミコノス島を描いたものだった。
青い海と空、白い教会と家並み。
世界にこんな美しいところがあるのかと思ったその場所に、行ってみたかった。
ギリシャの島を調べているうちに、ミコノス島は物価が高く、かなりにぎやかでゆっくりできなそうだということが判明した。
そこで見つけたのが、三日月の形をしたサントリーニ島だった。
断崖の上に雪をかぶったようにつらなる白い家の写真が、とても印象的だった。
夏の間はロンドンからサントリーニ島まで直行便が出ているのだけれど、私は遺跡も見たかったので、アテネへ飛ぶことにした。
ところがこのときはちょうど選挙中で、あのパルテノン神殿に入れなかった。
なぜ選挙で神殿が封鎖されるのかはわからなかったけれど、デモのようなものもあり、確かに落ち着かない雰囲気だった。
サントリーニ島までは、アテネからフェリーで行ける。
早朝に出て、お昼すぎに島の港へ到着。
そこから乗り合いタクシーで島の中心部へ向かうと、白と青の、天国の様な場所が広がっていた。
島の東側は海抜が低く、西に行くにつれて盛り上がって断崖になっており、そこにホテルやお店が白く並んでいる。
そこでただ座って、彼方まで広がる海を眺めているだけでもいい。
海を見下ろしながらの朝食は、最高だった。
質素な朝食を食べるだけのことが、最高の経験だったのだ。
行ったのは9月だったけれど、すでに少し肌寒くなってきていた。
断崖だと風が強いので、もっと真夏に行くのがいいかもしれない。
木製の海賊船で火山や温泉を回るツアーがあったけれど、私は強い海風に当たりすぎて熱を出してしまった。
それでも他の西洋人と思われるツアー客はみな平気で海に入ったり、濡れた水着のまま風にガンガン当たったりしていた。
驚いた。
耐えられなくなってブルブル震えながら小さい船室に入れてもらったのは、私ともう一人だけだった。
周りと同じことをしていたら死んでしまうと思った。
ツアー終盤のメインイベントは、海から見るサンセットだ。
でも客の半数以上を占めていたアメリカ人が「Amazing!」「How beautiful is that!」とずっと騒いでいて、まったくもってその美しさにひたりきれなかった。
Amazingなのもわかっているし、美しいというのもわかっている。どうかもう少し黙って感じてはくれまいかと思った。
時期的な問題なのか、場所的な問題なのかはわからないけれど、サントリーニ島はとにかくアメリカ人が多かった。
ヨーロッパなのにこんなにも周りからアメリカ英語が聞こえてきて、なんだか変な感覚だった。
彼らは頭にあるものをすべて口から出さないといられないとでもいうように、すべてにコメントしまくっていた。
そこがフレンドリーでいいところでもあるのだけれど、感動を自分で味わわずに、口から出して他の人と共有しなければならないというのは、なんだか空っぽなように感じた。
考えてみると、イギリス人に対してはそんなことは思ったことがなかった。
逆にイギリス人は、おいしいものを食べてもうんともすんとも言わず、おいしいのかなんだかまるでわからない。
一緒に食事をしても楽しくない。
日本ではひとくくりに言われることもあるけれど、英国人と米国人の違いを改めて感じた。
ギリシャの人・食べ物・島々
ギリシャの人に関して印象的だったのは、なにかを聞いたときに出るフレーズ「Whatever you like」だ。
これを、肩越しにものを放るような形にして、深々と感じ入ったように眉をひそめて言う。
言葉がわからなかったら、「それは難しい」と断られていると思うかもしれない。
「どうぞあなたのお好きなように」「そりゃあもうお好きなほうでけっこうですよ」というニュアンスなのだけれど、なんだか渋くて演歌調でおもしろい。
帰国してからしばらく、夫との間でこのフレーズがプチ流行した。
「今日なに食べる?」「ホワッエーバーユーラーイク」と、なんでも意味なくこぶしを込めて演歌調に返す。
きっとギリシャ語でよく使われるフレーズなのだろう。
ギリシャではあまり決められたものがなく、状況によって適宜変えられるような柔軟さが感じられた。
適当なだけかもしれないけれど、力が抜けていていい。
クリープではなく牛乳を入れた紅茶をお願いすると、まったく別の飲み物である「ロイヤルミルクティー」を買うように言われる日本を思い出した。
ロイヤルミルクティーがあるのだから、お店に牛乳はある。
でもそれを紅茶には入れてくれない。
堅苦しい社会だ。
それを思うと「Whatever you like」は素敵だなと思う。
たまに笑いながら「そんなの自分の好きにしろよ!」というように言ってくる人もいた。
確かにこのころの私たちは本当に自分の意思がない人たちだったので、このフレーズを聞いた回数も多かったに違いない。
「お好きなように」と言われるたびに、どうしたらいいか困惑して考えこんでしまうこともあった。
決めてくれたらいいのに、とさえ思うこともあった。
本当に自分がなかった。
あれから成長した今、次に行くときは果たして何回言われるのか。
楽しみだ。
また、ギリシャでびっくりしたのは、野菜に味がしたことだった。
トマトにきゅうり、オリーブとフェタチーズの、定番のグリークサラダを頼むと、ドレッシングがついてこない。
テーブルには塩もなく、あるのはオリーブオイルだけ。
なんて不親切なと思ったけれど、食べてびっくり。
野菜の味が濃くておいしくて、ドレッシングなどまったくもって必要なかった。
衝撃だった。
日光が少ないからか、イギリス産のトマトはややピンク色で味が薄い。
日本でもそうだったけれど、ドレッシングなしでサラダを食べるという考えそのものがない。
「野菜を味わう」ということを、それまでちっとも知らなかった。
トマトにはトマトの、きゅうりにはきゅうりの味が、ちゃんとあった。
サラダはドレッシングで味付けをして食べるものではなく、野菜そのものを味わう料理なのだ。
さらにはギリシャヨーグルトも、そのおいしさにびっくりした。
ヨーグルトというより、濃厚でチーズのようだった。
イギリスのスーパーでも「Greek Yogurt」というものが売っているけれど、それとは比べものにならない。
はちみつをかけて食べると、濃厚なその味がいっそう増して格別だった。
朝食に必ず出てきたので、いつもおかわりして食べた。
ガイドブックを見てみて、他に以下のメジャーな島にも興味が出てきた。
ザキントス島—「紅の豚」の隠れビーチ、ウミガメの産卵が見られる
クレタ島—ギリシャで一番大きな島、クノッソス宮殿跡がある
コルフ島—北のアルバニアに近い島、イギリスから最短
どれも日本人の私にしてみれば、ガイドブックにも詳しく載っていないようなマニアックな旅先のような気がしていた。
でもイギリスのガイドブックにはメインででかでかと載っており、また各島専門のガイドブックさえ見つけられる。
パックツアーも頻発しており、プールやジムのついたリゾートホテルも立ち並ぶ。
家族旅行で気軽に行く同僚もいて、なんだか熱海旅行みたいな扱いに聞こえて夢が崩れる。
実際にギリシャ人の友人に聞いてみても、「メジャーな観光地だよね」という回答でプチがっかりする。
それでもいい。どこへ行くかではない。なにをするかだ。
ガイドブックは、もちろん「Lonely Planet」もいいけれど、「Eyewitness Travel」というシリーズが気に入っている。
交通手段を詳しく調べたり、マイナーな町や村へ行く場合はLonely Planetがいい。
Eyewitnessの方は、フルカラーの写真や手書きの図で、町の見どころや説明をわかりやすく見ることができる。
ギリシャはまだまだ他にもたくさん島があるので、もっともっと行ってみたい。
今度は観光客の少ないさびれた島で、のんびりと「Whatever I like」ができたらいいなと思う。
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